メメント・モリ

コーヒーに入れると、まろやかになるでしょ。

最強で最高の才能で最速で最新の最前線へ

目にかかる少し長い前髪が好きだった。
ほっぺたに縦ふたつ、きれいに並ぶほくろが好きだった。
それだけだったのに。





いつも通りの午後、いつも通りの憂鬱、いつも通りのデスクで、いつも通りに定時までの時間をカウントダウンしながら、いつも通りぬるいコーヒーを飲んで、いつも通りの定型文で0120~…からの営業をお断りして、いつも通りtwitterを最小限にして開いていた2018年1月17日。

連日続いていた快晴なんて無かったかのような雨、それだけがいつもと違った2018年1月17日。

一生忘れたくないと思う2018年1月17日。



2018年1月15日、「特別番組エキストラ」と題して番協が募られたあの日も、私はただ能天気に良く分からない会議に出席して、ぬるいコーヒーが更に冷めてしまうことをぼんやりと気にかけていた。

この「特別番組」も「いつも通り」なのだろうとたかをくくっていた。心配しなくともまあそうなんだろうな、と思えてしまう程に停滞したJr界隈にうんざりしていた、わけではなくて、ただただ「いつも通り」に慣らされていた。

きっとまた祭りのお知らせなんだろうな、また遠征したいから城ホでもやってほしいなあ、なんて、私の春からの虚しいすかすかのスケジュールを埋めてくれるジャニーズ事務所には感謝すらしたかったし、ある一定ラインからは決して越えてこないにしても、期待もしていた。


それなのに。


そういえば、と何気なくtwitterを開いてみた2018年1月17日の午後、一瞬ではとても理解できない言葉がTLに並んでいた。

急いでトイレに駆け込んで震える手と霞む目でスマホを一生懸命スクロールした。嘘だと思った。嘘じゃないとも思った。神様!と思った。訳が分からないのに、涙だけが出て、すぐさまオタクに電話をかけた(仕事中にまじすみませんでしたほんと)

うれしいね、うれしいねと言った。本当にうれしいのかも、良くわからないのに、こみあげてくるこの感情はきっとうれしいなんだろうなあ、と思って、悲鳴みたいな声でただただ、それを繰り返した。







Mr.King vs Mr.Princeが好きだった。


ディズニーからはミキミニドナデジ、サンリオからはキティちゃんにマイメロ、みたいに人気者を集めました!はいどうぞ!的な感じで無理やり組まされた感のある6人、そんな6人がアウェイな東京ドームの芝の上で、がちがちに緊張した面持ちで「キング!プリンス!キング!プリンス!」と歌う姿を見て、(これははじまってしまった…)と思ったのをよく、よく覚えている。


夏の六本木。うだるような暑さの中、フロアにしきつめられたオタクを前に立つ6人は蜃気楼みたいだった。

6人が一列横並びになるあの瞬間が、強さを誇示されるようなあの瞬間が好きで好きでたまらなくて、そんな中できちんとMr.King vs Mr.Princeのひとりとして、神宮寺勇太という個として、堂々とステージに立つ神宮寺くんが好きだった。5人の隣にいる神宮寺くんが好きだった。

寄せ集めかと思えた6人がきちんとグループとして確立していく様が好きだった。勝つWINの冒頭6人が肩に手を置きあう瞬間、ここが世界で一番っょぃ場所だと思った。MCが面白すぎて、JUMPのゅるふぁMCに身体を馴らされてきた私には革命でしかなかった。どんどん場をかき回すきしひらに最年少ぽやぽやかいちゃんがたまにぶっこんで、この時はまだあまり喋れなかったけれどいるだけでかわいい岩橋くん(なのにBLがどうとかいう爆弾をぶっこむ)、その全てをまとめるじぐれん。オシャレ魔女ラブandベリームシキングの夏。

牙をむく6人のライオンに、素直に狩られにいくハイエナのようにひたすら六本木に吸い寄せられていった、あの夏。


それなのに。






Princeが好きだった。

私の大好きだったMr.King vs Mr.Princeは本当に真夏の蜃気楼だったようで、一瞬にして消えてしまった。

気づいたら神宮寺くんはPrinceとしてそこにいた。
神宮寺くんが「Princeの神宮寺勇太です」というたびに、PrinceがMr.に置いて行かれてしまった子ヤギのようで、あの夏を忘れられないが故にそう思ってしまう自分が嫌で、そんな自分がまるで、秋になったことに気づけずに、ひとりで木にしがみついて鳴いている蝉のようで、悲しくなった。


わたしはアイドルを、思い通りにならない現実を忘れさせてくれる薬のようなものだと思っていて。

そういう非現実を自ら求めて常日頃服用している薬であるからこそ、それによって悲しい想いや辛い気持ちにさせられるのはナンセンスでしかないと思っていて。
かっこいいだとかかわいいだとか好きだとか楽しいだとか、そういう陽の部分だけを体内に取り入れたいと思うのに、(私というただ個人にとって)上手くいかない、思うようにいかないこの世界は何だろうと思った。

それがジャニーズJrなのだということ、それがデビューしていないのだということ、アイドル、偶像であるのに彼らの生きている世界線は現実でしかないということ、ジャニーズJrを応援するということは現実と肩を並べて歩かないといけないのだということ…
きっとずっと昔からジャニーズJrという存在を応援している人には、常識じゃん何言ってんの新規乙と言われてしまいそうな事実を、やっと目の当たりにすることが出来た。



それでもPrinceの3人はしっかり前を向いていた。と思う。私にはあくまでもそういう風に見えた。
「ネガティブに受け止めていたら持たないから…この世界は」と神宮寺くんが言ったように、ずっと昔から活動してきて色々な現実に触れてきたであろう3人だからこそ、そうやって強くいられたのかな。分からないけれど。


Princeとして初めてもらったオリジナル曲の「Prince Princess」は、この世の慈しみをすべて集めて砂糖をまぶしてオーブンで焼きましたホットミルクと一緒にどうぞみたいな曲(???)で、誰に対しても優しくてあったかくて、この3人にぴったりだと思ったし、なによりこの曲を大切に思う3人が大好きだと、そんな3人のことが大好きだと言える自分が誇らしくもなった。



PrinceがPrinceとして活動した中で印象深いものとして挙げるならふたつあって。

紫耀くんが座長で梅田と博多を周ったジャニフワでは、胸ない芸を自分のものとしていきいきと披露する神宮寺くんは間違いなくナンバーワンでオンリーワンだったし絶対M1グランプリで優勝しようねと思った。

二人より台詞が少なくて悩んで、留学してしまおうかと悩んでいたという岩橋くんは、そんなこと感じさせないくらい私の目にはアイドルに映っていたから、あの時ふんばってくれて頑張ろうと思ってくれて本当にありがとうと思った。

岸くんからは舞台を愛して舞台から愛されて、演者からも愛されてブンブンチキブンブンアハで、東ジュからはもちろん関ジュからも、みんなが大好きになっちゃう岸くん!という像がひしひしと伝わってもう人間として大好きに思った。



そしてなにより2017年の夏、Prince3人が「Princeを運命だと思ったきっかけ」として挙げているあの夏。

「僕らとファンの皆で、一歩一歩、歩いて行こう。あの日、3人で誓った夢、それは、今ここから始まる」…

これがPrinceという色を明確に自信を持ってこちら側に提示してくれた公演だった。この夏が私の今までのオタク人生の中で一番楽しかった、何度でも行きたいと思える、まさに戻れるならあの夏へな毎日だった。

愛と優しさに溢れた恋を知らない君へも、覚悟を決めたような少年隊メドレーも、ひたすら楽しくてかっこいいLonely dancerも、祈るようにバルコを見上げたボニバタも、呼吸を止めないと嗚咽が漏れて大変だった…moreも、プリプリの大合唱もクワトロアンコも…
全部が全部嘘みたいに泣けて、後の舞台で「輝きのトライアングル」と称される3人が、本当にその通りだと思った。

PrinceがPrincessのみんな♡と呼びかけてくれる度に自らの体内に眠るPrincessな部分が産声を上げて、嬉しくて恥ずかしくて心地よくなった。
良くも悪くも、きっと宗教というものはこういうものなんだろうと思った。無条件ですがりたくなる信仰対象がいるということはこんなにも心強いものかと割と真面目に思った。


他にもクリエ(全内蔵を持っていかれたじぐいわの祈り)や祭り(FTG外周大運動会面白すぎて忘れない)、その後も夢アイ(WゆうたのAll I needしんどすぎ)や湾岸(雪白の月しんどすぎたのにおうちにいた。殺してほしい)や念願のプリンスホテル公演(神箱神キャパゆあまいぷりんせすで昇天)そしてハピアイ(絶対映像化して下さい2幕だけでも)…


確実に順調に、ジャニーズJrとしてPrinceとして、数々の現場をこなしてきた神宮寺くん。

「でも、絶対にPrinceでなきゃ、ってことではないんだよね」

そんなことを言っていた3人が、Princeで!この3人で!と言ってくれるようになったことが本当に嬉しくて!

Princeにこだわっていいんだな、好きと言っていいんだなと思うと同時に、あの夏の蜃気楼のように溶けたキンプリのように、例え離れ離れになってしまう日が来たとしても、なんとなく受け入れられる気がした。この3人で過ごしたこの期間を私だけが忘れずに、大切にし続けることで、この先ずっとずっと未来永劫生きていける気がした。


それなのに。









2018年1月17日。

初めて嬉しいと思える「それなのに」だった。
大好きな神宮寺くんが、大好きな岸くんに岩橋くん、そしてひと夏を共にした大好きな紫耀くん、廉くん、かいちゃんと&で結ばれることとなった。

こんなに大好きなのに、こんなに最高なのに、と悔しくてたまらなかったMr.King vs Mr.Princeも、鍵の開かない宝箱に一生大切に入れておきたい、わたしの少し遅く来た青春だったPrinceも、みんながみんな形を残したまま想い出を引き連れたまま、ひとつになった。


まだ何も始まっていない、本当かどうかもまだよく分からない、それなのにこんなに嬉しい。
こんなことがあっていいのかと不安になるくらいの。



「僕は正直、家族も友達もとっても大好きだし帰る場所もたくさんあるタイプの人間だけど、帰る場所じゃなくて常にいる場所、いなきゃいけない場所、そしていたい場所はこの場所だけだなって思う。」


JUMPの10周年を迎えた結成日に薮くんはこんなことを言っていた。

本当に本当にすてきなことだと思った。薮くんは10年かけてやっとこういう風に思えるようになったのかどうなのか…は分からないけれど、どれだけ長い年月をかけても、6人みんながこういう風に思えるグループになってほしいと切に思った。完全にエゴでしかないけれど…。
それでも、そう願わずにはいられないくらい。贔屓目に見なくても、無限の可能性を信じさせてくれる6人の未来に懸けつづけたいと、切に思った。






改めて…

2018年春、「King & Prince」としてデビューすることが発表された平野紫耀くん、永瀬廉くん、髙橋海人くん、岩橋玄樹くん、岸優太くん、そして神宮寺勇太くん!

本当に本当に、本当におめでとうございます!!!!!!


ずっとデビューへの想いを口にしていた神宮寺くん、それがやっと叶ったんだなあと思うと同時に、記者会見の場でも物怖じすることなく発言して、笑いを取る神宮寺くんを見て、「やっと」と思える程に尽くしてきた今日までの道のりも、まったく無駄じゃなかったね、嬉しいことも悲しいことも辛いことも、沢山経験してきたであろうJrの期間は全てこの日に繋がっていたんだね、と、嬉しくて誇らしくて、細い線の身体がずっとずっと大きく見えた。









目にかかる少し長い前髪が好きだった。
ほっぺたに縦ふたつ、きれいに並ぶほくろが好きだった。

それだけだったのに。





字面の強すぎる名前が好き。くしゃくしゃに笑うところが好き。すぐにモサモサしちゃう髪質が好き。まゆげが好き。割と顔に出るところが好き。流行に敏感なところが好き。一人っ子なところが好き。怒りがちな煽り方が好き。声が好き。ヴェヴェなじぐラップが好き。ウインクが好き。水素水も好き。缶コーヒー飲める=冷静で大人っぽいと思えちゃうところが好き。もう掛ける髪の毛はないのにしきりに耳に掛ける仕草をするところが好き。チャラ宮寺が好き。キャラのためにそれを作っていたところが好き。国民的彼氏の名を全うしようとしてくれているところが好き。ねんねが好き。今でもねんねの名残を髣髴とさせる服のすそクニクニが好き。クニクニしすぎてしわしわになってる服が好き。優しいところが好き。太陽みたいなところが好き。まぶしくて、ああ適わない、と思わせてくれるところが好き。

圧倒的パフォ力圧倒的演技力圧倒的人間性マグナム級のリアコで誰からも愛される岸くんが好き。可愛らしい容姿に反した芯の強さ、たくさんの場所で「princessを幸せに」と言ってくれる岩橋くんが好き。
仲間でライバルでお互いを信頼し合っているようなWゆうたが好き。世界が崩壊してもずっと隣にいるんだろうなと思わせてくれるじぐいわが好き。兄妹みたいにキャンキャン言い合えるきしいわが好き。
そんなPrinceが好き。

交差点リア恋ブラザーズで先頭に立って主犯となってくれた、かっこよすぎる紫耀くんが好き。周りを見渡せる優しさがあって、至って普通の高めの声の親友(になってほしい今年こそ)廉くんが好き。ひたすらに末っ子でかわいくてかっこよくてポエムで、ゴリゴリなステージング力と愛らしさに溢れるかいちゃんが好き。
Mr.King vs Mr.Princeが好き。
King & Princeが好き。


こんなところには書ききれないくらいの、たくさんの好きをくれる神宮寺勇太くん!
いつも本当にありがとう、そしておめでとうございます!!!



これは、お願いなんていう厚かましいものでは決してないから、ただの独り言だから…書かせてください…!


King & Princeというグループとしても個人としても、もっともっと大きくなってください。クリエや六本木の距離感が幻だったかと思う位の会場を埋めて下さい。売れちゃったね、離れて行っちゃうねとたくさんの人に思わせて下さい。キンプリ?いいよね!と街ゆく誰に聞いても言ってもらえるような存在になって下さい。この先の未来、こんなブログを書いたことをわたし自身が忘れてしまうくらい、神宮寺くん?すごい好きだったな~昔ね!と言えるくらい、本当の意味で国民的彼氏になって下さい。こんなオタクのことは一生知らないで、一生知らないまま、手を伸ばしたら笑われてしまうくらいの遠い遠い、ず~~~~っと遠い世界へ行って、幸せになって下さい。どうかそれまで、やっとスタートラインに立てた神宮寺くんそして6人みんなのことを、もう少し…微力ながら…応援させてください…!





どうか繋いだその手をもう、離さないでね!

恋するわたしは夢心地

例えばアイドルが前髪を切り過ぎたとする。

わたしの好きな人は男も女もすぐに前髪を切りたがるから困る。また前髪切ってる!やらなんで切っちゃうかな…やら前髪の短くなったafterのビジュアルを受けてこちら側は勝手に憂鬱になったり憤慨したりする。



数年前のぴしっと切り揃えられたぱっつんとサイドの姫カットをガチガチに固めて、誰にもそれを触らせなかった完全アンドロイド期のまゆゆこと渡辺麻友さんは、ここ最近でそれらを捨てた。重く隙を見せることのなかった前髪は見事に梳かれて、その毛先は意思があるのかないのか分からない曲線を描きながらくるんと外に流されてしまった。
まゆゆの前髪の乱れを事前に防止する職に就きたいと願ったかつてのわたしの夢は呆気なく散った。

まゆゆは前髪ぱっつん姫カット、所謂「前パツ姫カ」の権化として築き上げたそのイメージと、そのイメージでガチガチになってしまったまゆゆ自身をいただきまゆゆして、新たな渡辺麻友を自らクリエイトしたのだから、「捨てた」と言ってしまうのは完全なるオタク都合であって無慈悲であるのかもしれない。


でも、渡辺麻友さんはその時期を振り返って、「海苔みたいだったよね(笑)、気持ち悪い、今は考えられない」と自らの過去の容姿を黒歴史として揶揄していた(多分去年のパジャマドライブ公演)








辛かった。


完全なる前パツ姫カを貫いてこれがわたし!これがまゆゆ!とこちら側に誇示してくれていたあのまゆゆが、何よりそんなまゆゆを好きだったわたし自身が、もう「まゆゆ」ではない、しかし確かに「まゆゆ」であった渡辺麻友さんという当の本人に完全否定されてしまった。


渡辺麻友さんは結果的に前髪を変えて大成功だし大正解だったと思う。

時代は流れるし、流行りだってある。
何より前パツ姫カな妹キャラでい続けるのには限界があったのかな、と思える位にはあまりにも先輩が消えて後輩が増えてしまったし、前髪に拘ることで築いた一種の「まゆゆ」という虚像に頼らなくても済むくらいの魅力を十分に兼ね備えた綺麗なお姉さんにまゆゆは進化していったから、そうなるのは当然の理かもしれない。

最近のまゆゆは流すよりも、開かずの間だった前髪という襖を全開にして大奥という名の綺麗なおでこをつるんとお披露目するスタイルが多くなった。綺麗すぎる。モンペだからオタクだからそう思うのかもしれないけれど街ゆく人に綺麗だよね?どう考えても綺麗だよね?と聞いて回りたいしその回答は必ずyesであると確信出来る。

まゆゆ1st写真集の帯コメントとして秋元康が送った「大人になんかなるな…」という険しさと才能しか感じないこの一文に今こそヘドバンをかましたい。
秋元康だってきっとそんなことは不可能だと理解はしているけれど、それでも諦めきれない。だって渡辺麻友、いやまゆゆは最高だから。というどうしようもない未練とやりきれない哀愁を「…」の部分に託したのだと信じたい。



余談で済ますにはあまりにも長い余談だけれど、わたしはこれ程にも髪型に対しての拘りが強い。
というよりも、メディアや媒体によって呈示されるその人の印象や好きなもの嫌いなもの、異性のタイプ、結婚願望などと言ったその人発信の個人情報を丸呑みにして、自分なりの型に、自分なりにその人を成形して、自分だけのその人を作り上げてしまうから、その型にある情報の中から少しでも違う情報が発信されてしまうと、あの時こういったのにどうして?あのときこう言った〇〇くんが、〇〇ちゃんが好きだったのに、どうして?と勝手に裏切られた気持ちになる。人間なんだから思考や嗜好は変わるのに。好きなものが嫌いになることなんて当たり前にあるし、嫌いにならなくてもその好きを上回る別の好きが出来るかもしれないし、永遠なんてないし、そもそもその人の本質的な部分なんて何も知らない、分からない、知る術なんてないのに、そんなことは当たり前なのに、アイドルという存在の距離感がぼんやりしていて曖昧になって、分からなくなる。ただのオタクのくせに。オタクでしかなくて、それ以下でも以上でもないくせに。偉そうに。


「勝手に好きになって、まとわりついて。なのに、自分が思っていた人間像と違っていたからといって、相手を傷つけてもいい。そんな理屈が通ると、本気で思っていて?」


小笠原祥子さまの言葉はいつだってみっともなく積み上げられた自尊心を粉々にしてくれる。握手会で「ねえ俺いくつに見える?」と剥き出しの自己顕示欲をアイドルにぶつける種のオタクよりもよっぽど厄介で、悲しくなる。




アイドルは偶像。

でも自分の思うままの欲求で塗り固めてしまうと、偶像であったはずのそれが瞬く間に虚像になって、その虚像に自分自身が押しつぶされることになる。そんな当たり前のこと分かっているはずなのに、都合よく盲目になるのがオタクという生き物だから…仕方ない。「応援」なんていう域はとっくに越えて、わたしの体内の奥底にあるそれはいびつで真っ黒な「依存」に姿を変えているけれど、仕方ない。オタクの数だけ想いがあるしオタクを数だけ応援スタイルがあるしそれが重くても軽くても不純でも純粋でも…仕方ない、と言ってしまったらモラルや秩序に欠けるからそれだけは、言えない気がしている。今更何を…という話だけれど、自戒のため…。


アイドルをひとつの個としてみるか大きなコンテンツのひとつとして見るかは言ってしまえば自由なわけで誰にも強制は出来ないけれど、だからこそ、何よりも楽しく何よりも気楽に、けれど用法用量をきちんと守った計画的な推し事をわたしはしていきたい2017年です。

やっぱり…かわいいいよ〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!